錦江湾と桜島。

鹿児島といえば、錦江湾と、そこに浮かぶ桜島が強くイメージされる。穏やかな表情の錦江湾の奥深さを知ったのは、昨年の夏の特集、姶良の旅のときであった。この錦江湾には、何千という実に多くの生き物たちが育くまれており、生物多様性の命の温床となっているということを、重富海岸にある「なぎさミュージアム」で学んだ。

ただ、きっと、そんな事実を知るまでもなく、錦江湾は穏やかで、まるで母のような海であると、16年前に東京から南九州の地に移ってきてから、ずっと感じていたような気がする。以前、錦江湾で釣り体験をさせていただいたことがあるが、そのときも、その慈愛に満ちた穏やかさとやすらぎ、そして魚種の多さから推測する深さにも、母の姿を見たような感じがしたことを覚えている。

そして、その錦江湾の真ん中に、父のように、どっしりと構えているのが、ダイナミックな薩摩男子の象徴のような桜島。鹿児島市内の、どこから見ても、こちらを見ている。少しずつ表情は変えながら、いつも変わらない存在感で、市民の暮らしを見守るように眺めている。だから噴火しても、しなくても、鹿児島に住む人たちは、まったく気にしないのだ。

そこにあるのが、まったく当たり前の風景であるから。錦江湾と、そこに浮かぶ桜島があるおかげで、この地に住む人々は、地球の愛を感じながら生きているのかもしれないと思ったこともある。地球を感じると同時に、人間の小ささを抱く、母のぬくもりも感じるのであろう。

春、たけなわ。新しい年度を迎えるにあたり、新しい気持ちで「みちくさ」を執筆している。今年はじめ、鹿児島市内の天文館にいよいよオフィスを開設し、今年度からスタートする。桜島の威容をしっかりと感じられるビルの8階にあるオフィスから、どのような思いを語ることができるのか、今からワクワクと、ときめいている。

桜島、そして大隅へ。

船、旅のはじまり

鹿児島の象徴「桜島」。錦江湾にどっしりと構えた威容に、明治維新を成し遂げた薩摩藩のパワーは、ここから来ているのだと思うことがある。鹿児島市は活火山が最も近くにある県庁所在地で、温泉の源泉の数も県庁所在地としては、日本一。

錦江湾は船の往来が絶えることなく、活気に溢れている。鹿児島市街地と桜島との距離は約4km。そのわずかながらの距離の海にロマンがある。桜島に向けて、船に乗る。桜島がどんどん大きくなってゆく。後ろには遠く離れてゆく鹿児島のまち。まるで異国へ行くかのように船旅は旅情を誘う。

桜島フェリーは、毎日毎夜24時間、1時間に数本も発着し、利用者にわずかのストレスも感じない快適な移動で、通勤通学の人たちから、買い物や出張などで大隅や鹿児島市内に行き来する人たちの日常を乗せ、運航を続けてきた。たった15分ほどの船旅で、世界観が変わるほどの変化があるのが、このクルーズ。

田園(錦江町)根占の照葉樹林(南大隅町)

桜島の大地に足を踏み下ろす。山肌を形作るゴロゴロとした大小の岩が、ここが火山の島だということを感じさせる。幾度もの噴火がこの地形を生み出してきたであろう。その近くの動きは地球の歴史そのものを感じさせる。桜島・錦江湾が日本ジオパークに登録されている理由もよくわかる。

猿ヶ城渓谷

薩摩半島と錦江湾をはさんで大隅半島が向かい合う。桜島と大隅半島が繋がったのは、大正3年、わずか100年ほど前の話。大噴火で噴出した溶岩が大隅半島の付け根である垂水市と陸続きにした。大隅半島を青い風が吹き抜ける。燦燦と輝く太陽に照葉樹林がざわめき、応える。多くの自然を残す大隅半島は偉大だ。そして、そこに暮らす人々が、大隅大地と海が持つスゴサさを体で知っている。

だからこそ、手つかずの照葉樹の森や海が中南部には残り、北部には田園地帯や漁港が広がる。吾平山陵や高山、高隅山、佐多の御崎祭りなど、歴史と神話が大きく交差してきた歴史がある。平家落人伝説や倭寇が往来した港近くには宇宙へ飛び立つロケット基地もあり、地球というものの中に古今の小さな人の営みが吸収されているのがわかる。大隅半島の光、水、土、すべてが共鳴し合うなか、人間はそっと、そこに生きているのだろう。

日常の暮らしの中にも、旅は存在する。見たことのない地への期待をこめて旅する心をもっている。だからこそ日々の暮らしの、ちょっとした間あいに「みちくさの旅」をする。みちくさの旅は、心の旅も入っている。ちょっとしたお出かけや移動中の、気づきや発見も入る。いつもの風景のなかに旅がある。読書や映画、テレビやラジオの旅も「みちくさの旅」。そして、通勤通学中に、買い物や出張途中に、娘や孫、友人の家を訪ねる途中にも、心のふれあいの旅はあるのである。

一点に立ち、過去と現在、未来と、時の旅路を行くのも「みちくさの旅」。今回は、地球の歴史も感じながらのジオの旅
をしてみてほしい。そう思うと、桜島が初めての人も、毎日、通い慣れている人も、今回は、はじめて出逢う、気づきがある感動の旅に「みちくさ」と共に出かけてみよう!

「福永栄子」署名
  • 愛で人と人、地域と地域を結ぶ(株)アイロード代表
  • 地域交流誌「みちくさ」編集長