風が空をなでると雲が生まれ、大地にそよぐと暮らしが広がる
鹿児島県観光連盟専務理事・白橋大信さんこの人その5

白橋大信さんと出会ったのは、白橋さんが大隅地域振興局長の頃で、かのやばら園が事務局で、大隅地域の暮らしの魅力をメニューにしてめぐる「わっぜよかど博覧会」の企画段階であった。かのやばら園さんからのご紹介で「暮らしのなかの旅」という題で、講演をさせていただいたときだったと思う。今も同じ題で講演を続けており、二百回近くになるが、その中で伝えていきたいのは一点である。地域のホンモノを発信したい。観光地を造るのではなく、暮らしの景観こそが旅人を魅了する。そして、暮らしを体験するメニューを通し、地域のファンを創り、リピーターとして地域づくりにも貢献していただく。まさにエコツーリズムの根幹ともいえる思想を伝えていきたい。

地方創生ということばに、初めは違和感を覚えた。というのも地方は都会よりも熟成しており、地域を守る様々な取り組みをしている人々も多いからである。むしろ都会の人は、より謙虚になり地域のあり方から学んで欲しい。コンサルとしてやってきて、上から話すのではなく、地域の魅力を自らが理解し、学んで欲しいと思うことが多いのである。地域おこしが前に進まないのは、経済面の問題があり、個人にむけての発信が難しいという点である。大掛かりな発信をしてもマスを相手にする経済構造ではないので、多くの制約があり難しい。むしろホンモノの魅力で個人ファンを創っていくことが大切で、地域の魅力、人との交流を通して真の魅力を伝え、地域ツーリズムの真髄を味わってもらいたいというものである。

鹿児島県長島の暮らし風景1鹿児島県長島の暮らし風景2鹿児島県長島の暮らし風景3

こうした大隅地域の暮らしの魅力をしっかりと掴み、発信しようとしておられたのが、白橋氏であった。旅人の視点に頭を切り替えることができる、心が柔らかで、行動が早く、ロマンがある、これが私の白橋さんへの第一印象であった。白橋さんが先頭を切り、大隅地域の絶景地に暮らし景観を楽しむ展望台を作られた。茶畑やハウスにもロマンを感じ、錦江湾に浮かぶ一艘の漁船にも魅了される「役人らしくない?柔軟な思考の方で、役人としての知識を駆使して、コトをつきつめていく方」というのが、失礼ながら、私の印象である。そんな白橋さんは、商工労働水産部長を経て、県庁を退職された。今から4年前のことである。

「スイス・レマン湖畔・ラヴォー地区(世界遺産地区)
」白橋大信氏撮影

「退職の記念に妻と欧州に行ってきたのだけれど、スイスのレマン湖畔の田園風景を見て懐かしく感じたので、写真を撮ったよ。鹿児島の田舎の風景にも似ているなあと思ったからね」そうおっしゃって差し出された一葉の写真は、スイスのラヴォー地区のものだった(写真右)。美しい、そして、どこか懐かしい・・・

思春期をイタリアで過ごした私の思い出とも重なり、しっとりとした気分になった。私が九州のことを好きなのは、きっと幼き頃に過ごした南欧と似ているからかもしれない。当時、ローマに住んでいた私たちの家族は、長い夏休み、避暑を兼ねたヴァカシオネ(バケーション)と称し、まずは休養を兼ねイタリア北部の、スイスとの国境のまち、リモーネ湖やコモ湖で数日、滞在した後、家族で足をのばし、オーストリアや南仏をめぐって過ごした。1週間後、イタリアの小都市に立ち寄りながら帰ってきたものだ。そして、その旅で私たちを魅了したのは、ふつうの暮らし風景であった。観光というよりは、暮らしの本物に、そっと触れていくことこそが旅の醍醐味であった。

白橋さんは、北薩の甑島出身。甑島には、我が本社がある西米良村と同様、高校がない。だから皆、15歳で、嫌でも誰でも「島だち」(島を離れる)をしなければならない。それしか道がないのだ。きっと感性が細やかな少年だったのだろうなと、白橋さんの輝く瞳を見ていると、いつも感じるのである。

「福永栄子」署名
  • 愛で人と人、地域と地域を結ぶ(株)アイロード代表
  • 地域交流誌「みちくさ」編集長