「大隅から開聞岳を望む夕景」錦江湾をはさんで薩摩半島を対岸に臨む大隅半島。大隅半島から見える開聞岳は存在感があり、特に夕焼けは息をのむほどの美しさ。

この夏まだ見ぬ「すんくじら」

スタジイ・タブなどの照葉樹林が現存する南大隅地域

時間が止まっている。微動だにしない。眠れる獅子のように、静かにその底力を蓄積しながら、日本の原風景を守り抜いてきた、大隅半島。

太古の昔より続いてきた深い緑の大地。手つかずの海岸線を残す、日本最南端の聖地・佐多岬。

噴煙をあげる桜島。錦江湾の向こうには、神秘的な開聞岳がなだらかな稜線を描き、薩摩半島という神聖な大地を象徴している。

大地の割れ目から怒涛のように落ちる神川大滝。惑星を流れているかのような不可思議な形状の花瀬川。そして、その上流にひっそりと地上の楽園・奥花瀬が佇む。

時を超え、今に神の御世を伝える吾平山上陵。修験者が出てきそうな奥山から激しく滑り落ちる渓流が、夏の涼を感じさせる猿ケ城渓谷。

特に宣伝されることもないが、実際は世界に誇ることができるほど美しい照葉の森の煌き。鳥がさえずり、その中で暮らす大地の人たちがいる。「時」が大隅の大地に刻んできた人々の暮らし風景。磨くのを畏れるかのように、そっと手付かずで守られてきた、まるで原石のような大地は、外来者を惹きつけ引き寄せては、容易には近づけてくれない。

そして、大隅の原石の中には「今」さえも、悠久の時の流れの中に閉じ込めてしまいそうな深い落ち着きがある。たとえば倭寇と呼ばれた海の男たちの港・波見港と、その横には、宇宙と対話する現代の最先端技術や科学を結集したロケット基地がひかえている。いずれも大隅という原石の静寂の中に溶け込み、時代を超え、封じ込まれてしまっているように思えるのである。

神川大滝
神川大滝
幅30m、高さ25mの滝が豪快にしぶきをあげる。遊歩道を歩いて「虹の吊橋・大滝橋」まで登ると、高さ68mからの絶景が広がり、全長130mの空中散歩が楽しめる。
住所:鹿児島県肝属郡錦江町神川2382
電話:0994-25-2511(錦江町役場田代支所観光交流課)
花瀬川
千畳敷に水の花咲く「花瀬川」
鹿児島県立自然公園を流れる花瀬川は、川床が約2kmにわたり、千畳敷の石畳が敷かれたようになっている。指宿カルデラからの平滑な溶結凝灰岩による。さざ波が白い花のように見えることから、古くより「花瀬」と呼ばれる。その絶景に島津斉彬公もたびたび訪れ、風景を愛で、曲水の宴を楽しんだという記録も残る。花瀬公園には、遊歩道やキャンプ場、つり場、花瀬でんしろう館などの施設があり、日がな一日楽しめる、夏の涼を感じるスポットである。
住所:鹿児島県肝属郡錦江町田代川原花瀬
電話:0994-25-3838(でんしろう館)
奥花瀬
奥花瀬
花瀬自然公園を奥へ進むと、森に包まれた渓流が現れる。渓流を利用したマス釣り場なども整備されている。
住所:鹿児島県肝属郡錦江町田代麓
電話:0994-25-2511(錦江町役場田代支所観光交流課)
岸良展望所
岸良展望所
白い砂浜とエメラルドグリーンに輝く海が美しく、ウミガメの上陸地としても知られている。
住所:鹿児島県肝属郡肝付町岸良1184-3
電話:0994-67-2116(肝付町役場産業創出課)

ダイナミックな地球がここにある。

西をむけば、優美な開聞岳の陰影を見下ろし、南東をむけば大海原が広がるこの神聖な大地に、太古から人が暮らさぬわけがない。ただ、手を入れすぎることを許さぬ聖地の威厳が、いつの世にもこの地に君臨し、磨き上げられることを拒み、地球は地球であることを主張してきた。

しかし今、かくも雄大な大地に、新しい風が吹き始めた。風をおこす人がそっと仕掛けている。新しい海の道。実は新しくない。太古より人は海を道としていた。島津と肝付を結ぶ海の道は、湊と人をつなぐだけでなく、時もつないでゆく。薩摩半島の指宿港と南大隅町の根占港を高速船でつなぐ新ルートは、大隅の荘厳な原石の上に、そっと素敵な人たちを下ろしてくれることだろう。

ある人に教えていただいた。風土を守り伝えていくためには、土の人と風の人が必要だと。そう、その地の風格を長い歴史の中で醸成してきた土地の人を「土の人」と呼ぶならば、その魅力に惚れ込み、他所との違いを土の人に伝え、風のように発信していくのが「風の人」である。地球の魅力はそれぞれ違いがあり、互いに惹かれあうから風がおこる。そう、気圧が低いところから高い所に風が吹くように。大隅という手付かずの大地に、新しい風が吹きはじめた。

大隅の持つ威厳を残したままに、あたかも暮らすように旅をする旅人たち。住んでいる人たちと同じリズムで、深く、ゆったりと、その土地の暮らしを味わっていく。食、なりわい、文化、地域性をまるで呼吸をするかのように、ごく自然に体の中に取り入れていく、そんな旅人たちが、大隅半島をめぐり始めた。旅をしながら、自分さがしをしているような、そんな旅の学びを求めて。まだ見ぬ「すんくじら」を行く。

こうした旅のことを、エコツーリズムという。暮らすように旅する。旅するように暮らす。エコツーリズムとは単なる「体験観光」ではない。地球を知る旅であり、自分が何に守られて生きているのか、自分は何を守り、後世に残して生きたいのかを知り、自分ならではのイデオロギーを作る旅なのだ。あなたもこの夏、大隅の大地を培ってきた土の人たちと触れ合う風土の旅「風土ツーリズム」に出かけ、風の人になってみませんか?この夏、まだ見ぬ「すんくじら」があなたをじっと待っています。

「福永栄子」署名
  • 愛で人と人、地域と地域を結ぶ(株)アイロード代表
  • 地域交流誌「みちくさ」編集長