夏の美郷に恋して

先ほどまで激しく降っていた雨は止み、雲が上がっていく。山々を覆っていた厚いベールの幕があがると、青い空と緑たちが顔を見せ、徐々に辺りは墨絵の世界から水彩画へと変わっていく。そして、燦然と太陽が顔を出す。眩しい煌きで光が降り注いでくる。キラキラ、キラキラ。山が笑う。山々の斜面の若葉という若葉たちがいっせいに歓喜の声を上げる。照葉樹が彩る夏の始まりである。ひと雨降るごとに光の煌きが増し、緑もまた深くなってくる。

ここは美郷町の渡川。西都市東米良地域である銀鏡(しろみ)から県道39号を北上し、峠を越える。昨日からの雨に両脇の山々から水がしたたり落ち、時には激しい滝のようになって道を渡り、谷あいに落ちていく。大小の石くれが無数に落ちている。岩を避けながら道を進むと、可愛らしいウリ坊(猪の子ども)たちを見かけた。しっとりとした緑と谷あいの水。山と道が同じ呼吸をしているようだった。やがて小さなガソリンスタンドがある渡川の集落に出てきた。今では廃校となった小学校の脇を通る。

「みちくさ」を発行するようになった頃、この集落によくお弁当を持って出かけた。昼下がり、車を止めて散策していた私の周りに愛らしい子どもたちが寄ってきて高い声で爽やかに挨拶をしてくれた。天真爛漫な子どもたちの様子に、東京から来たばかりの私は感動を隠せなかった。

集落には、手つかずの川が流れている。もうすぐ蛍が飛び交う季節がやってくるが、私の蛍との出会いの原点がここにあった。偶然に出会った蛍の風景。たしか5月末の五月雨の頃、霧を含むしっとりとした夜気の中、無数の蛍が川の上を乱舞している風景に遭遇した。夜は7時を大きく過ぎた頃、神門から米良に向かい運転していた私は、思わず車を停車した。蛍の川は、夢のように幻想的だった。しばらくヘッドライトを消し、見入っていた。このように美しい風景が日本にあったことを知らずに過ごしてしまった三十九年が残念でもあった。移住を決めた瞬間でもあったかもしれない。

渡川集落の皆さん渡川集落の皆さん移住希望の方々

最近、渡川集落の方々と移住希望者たちが一緒に料理体験をされた。60歳~70歳のおばちゃんたちは明るく、心はあったかく、深かった。自分たちの姉や母親の世代の方々に毎昼、給食を届けているという。おばちゃんたちのパワーのおかげだろうか、元気な若者たちもこぞってUターンし、地域活性化グループ「渡川ONE(どがわん)」を結成し、お揃いのTシャツを着て頑張っている。この小さな集落を思う気持ちの深さに恋してしまう。

夕暮れ空に魅せられて

宮崎空港を降り立つと、その空の美しさにため息が出る。日南海岸周辺の空は大きく、雲や風が自由気ままに描く壮大なキャンバス。キャンバスを縁取る額縁には、スッと伸びたワシントニアパームツリーが良く似合う。混ざり気のない真っ青な海原に時折立つ真白な波。油絵のテレピン油の匂いが漂ってくるほど、力強い。遠くに連なる鰐塚の山々は、夕暮れ時になると空に深みを与え、キャンバスを縁取るワシントニアパームのシルエットと共に影絵のように幻想的になる。

初めて宮崎を訪れた頃、ハワイのようだと思わず呟いた異国情緒を漂わせた油絵の世界。好きな風景はいろいろあるが、南九州に住むきっかけになった幻想的な夕暮れ時の空も、美郷などのような山間地に入ると、全く色合いも広さも変わり、さらに奥深くなってくるようだ。光もギラギラとしたものではなく、キラキラと木々の間からこぼれてくる音がする。季節の移ろいがあり、変わりやすい天候に風の向き、そして、そこに住まう人々が作る美しい山あいの暮らし風景が心に染み入る。

渡川の風景

旅に出ると出会う風景の妙なる美しさに、自らの人生の深さや豊かさも感じる。五感とインスピレーションを司る六感をしっかりと心に落とすことができる「感性」。この心の柔軟性を磨くことで、私たちの人生の幸せを感じる度数は上がってくる。暮らしの中に旅を。美しい山あいの町、美郷。感性を磨く恋をしてみませんか?

「福永栄子」署名
  • 愛で人と人、地域と地域を結ぶ(株)アイロード代表
  • 地域交流誌「みちくさ」編集長