この人その7中村隆重さん(社会福祉法人「白鳩会」理事長)

「私の福祉への思想の背景には、小さい頃、いつも愛情深く育ててくれた母の優しさに負うところが大きですねえ。どんな子どもでも、皆、神の子なんですよと、僕たちが小さい時分から、母は口癖のように言っていたものです…」こう語って下さったのは社会福祉法人「白鳩会」理事長の中村隆重氏。中村氏は、鹿児島県は大隅半島の最南端、南大隅町を拠点に、自立できる福祉施設を営んできた、全国を代表する福祉事業の先駆者である。障がい者や罪を犯した知的弱者の受け入れを行い、彼らが社会でしっかりと働いていける仕組みづくりに、誠心誠意、取り組む熱血漢であり、共に同じ理想郷を目指している、心意気が真っ直ぐな息子や娘たち4名の尊敬する父でもある。

初めてお会いしたときから、その実直さ、真摯な眼差しと説得力のある話し方、そして何よりもその思想の崇高さに心を動かされた。御年77歳には見えない進取の気性と発想力。「みちくさ」を通し本当に多くの素晴らしい方々との出会いをいただいてきたが、ある意味、私がお会いした誰よりもパワフルで実行力に満ちた、揺らがない志の方だと思う。尊敬の念に堪えない。

思いを形に

ヨーロッパのコロニーがヒントになった。障がい者が一定地域で、社会生活を営みながら、治療・訓練などを受ける総合的な福祉施設の設立構想を描いた。「豊かな自然とおおらかな人情に恵まれたこの田園地帯は、彼ら(利用者)にとって、最適の場です。農業を通じて健常者と同じ暮らしができ、人生を全うできる場を提供したかったのです」と中村氏は追想する。事業的にも同じ資金額で、より広い土地を確保できるという利点もあったという。

「働きを大切にする心と、より働ける身体と、働きを作り出す賢さを育て上げ、一人一人を誇り高い存在としていく楽園にしたい。そして、文化の交流の場として造り上げていきたい」これが中村氏の思いであった。平成14年には、これまでの実績が評価され、天皇陛下より御下賜金を拝受した。現在、利用者総数は、200名弱。就労可能な入所・通所の利用者がお茶栽培、製茶、製パン、食肉加工ハム製造、養豚、水耕栽培の野菜、花苗の生産、庭園作り、店舗やカフェテラスの経営などに携わっている。

共汗共育

鹿児島県大隅町で、地域一体型の福祉活動を行う「花の木農場」は、社会福祉法人「白鳩会」と、農事組合法人「根占生産組合」から構成される総合福祉施設である。安心・安全な食の提供と、障がい者が生き生きと働ける場を提供するユートピア。共に汗をかき、共に働く。お互いに切磋琢磨することで人間を育てる。このことを中村氏は「共汗共育」と名づけ、園の理想とした。利用者と職員が共に力を合わせ、汗をかく、魅力ある人づくりを目指している。

過疎地域に光を注げたら

私は大隅から薩摩半島を眺める景色が好きである。静かな錦江湾に浮かび立つ開聞岳は、きっと古来より、人々の暮らしの中に、きっと神を感じさせる豊かな感性を育んだことだろう。大隅半島には豊かな農村風景が一面に広がる農林水産業の地域であるが、全国の例にも漏れず、過疎と高齢化が鹿児島県でも特に深刻になっているエリアである。花の木農場は、その大隅半島の南にある南大隅町の根占地区にある。敷地は東京ドームの約10倍で、循環型農業の実践やトレーサビリティのとれた食品を提供することを務めとし、茶や大豆、花卉、野菜、養豚と多様な農産物、畜産物の生産などを粛々と行っている。全くの山野だった丘陵は、手入れの行き届いた茶畑になっており、牧場にのどかな牛の鳴き声がこだまし、園芸植物などのグラスハウスがなだらかな斜面に立ち並ぶ。

花の木農場花の木農場と錦江湾

農場の看板がいい。「ブレーメンの音楽隊」を思い起こさせる看板は「おとぎの国」に来たような感じである。あちらこちらに置かれている動物オブジェ、鹿児島市内をかつては勢いよく走っていた「ちんちん電車」の車体、そして何よりも心を惹くのは一心に働く農夫たちの姿であり、利用者の方々と職員の方々の仲睦まじい様子である。ここは、社会福祉法人白鳩会が運営する福祉と農業、そして観光を結びつけ、地域おこしに貢献したいという理念の基、設立された農場であり、本土最南端の地上の楽園であると思う。

障がい者の方々が自身の能力を活かし、社会とつながっていくことを目的とした農園で、新しくカフェテラスもでき、地域おこしのため交流人口の拡大にも寄与しようと頑張っておられる観光拠点である。また、数年前、約25haの農場の中でも最も見晴らしの良い場所に、100年前、鹿児島市に建設されたザビエル聖堂の石材が、まるで安住の地を得たかのように据えられ、ザビエル記念広場となっている。5月、美しいバラが彩りと香りを放ち、高い理念を象徴している。「過疎地域に光を注げたら・・・」これは、もう何十年も前からの理事長の想いである。福祉と農業、観光をつなぎ、地域に光を注ぐことである。

カフェテラス「花の木」

中村氏は44年以上経った今でも、全施設を常に進化し続けて行かなければならないと、情熱的に語られ、実行されておられる。情熱と緻密さ、温かな心と激しい志、計画的でいながら即行の人、情緒が豊かだが冷静な経営者。まるで相反するように見えるような魅力が、独特なバランスで保たれており、より大きな魅力へとつながっている。大隅の地につくり続ける中村氏の生き方の中に、前号でご紹介した日向新しき村の武者小路実篤でさえも、近づいても達することができなかった「ロマン」と「行動力」そして、何よりも「地域愛」を感ずるのは、私だけであろうか。

「福永栄子」署名
  • 愛で人と人、地域と地域を結ぶ(株)アイロード代表
  • 地域交流誌「みちくさ」編集長