初夏の思い出

小さな頃から本が大好きだった。4歳の頃、母のひざに寄りかかりながら、平仮名や漢字を教えてもらっては大きな声で絵本を読んだ。ときどき微笑む母のぬくもり。忘れられない昼下がり、うちわでパタパタと扇いでくれながら、弟と一緒に母の両脇でお昼寝。母が静かに本を読んでくれた。

本を眺めていると、空想の世界が無限に広がり、戻ってこれなくなってしまいそう。わくわく、どきどき。本を読んでいると、いつしか心が旅をしてる。「若草物語」、本の中の男の子に恋したり、「ああ無情」のジャンバルジャンのために泣いてみたり。「アラビアンナイト」の世界で、ハラハラしたり。「家なき子」を読めば、いつの間にか少年レミになって、泣きじゃくりながら、本を読みふけった。

母は歌が上手かった。10代の頃、声楽を学んだことがあるほど歌好きで、歌いながら家事をして、唄いながら料理を作った。母の子守唄は、若い頃、口ずさんだ流行歌。ときにはバラードであったり、越路吹雪のシャンソンであったりした。昭和12年生まれの母は、大阪は高槻の商店街の初代会長まで務めた祖父が興した薬局の三女で、少しお転婆な商家のこいさん。日本舞踊にお茶、お花。家では冬はいつも着物を着ていたが、初夏になると、洋装に日傘。夏休みは、きびきびと、近くの中学生の女の子に英語を教えていた。

10歳のときに、もう一人弟が生まれた。今でも自分の子どものように可愛い弟である。彼が2歳のとき、一家でイタリアのローマに引っ越した。母は、本好きな私や上の弟のために、大人が読むような「日本史」専門書から童話集まで、たくさんの本を海外に持っていってくれた。

ローマに滞在中、一家でバカンスを経験した。どんなときも両親も私たち子どもたちも、本を持参した。北イタリアとスイスにまたがる湖のほとりに数泊、滞在した時にも本を読みふけった。鳥の声に心やすらぎ、そよ風が頬をなで、時に髪を揺らす。現実と空想の世界に浸りながらも、本の向こうに作家の影を感じては、引きこまれていった。自然と人の暮らし、なりわい。アウトドアに、本や音楽。実は相反するかのようにみえるものが、共鳴し共生しているものがたくさんある。

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モンゴメリーの「赤毛のアン」は、私のバイブル。孤児であったアンを引き取ることになったマシューとマリラ兄弟。アンが憧れた黒髪の親友ダイアナに、アンをからかい憧れるギルバート。赤毛のアンを語るモンゴメリーはまさにストーリーテラー。一つの話のなかで多くの話が語られていく。アヴォンリーの村の人たち皆が主人公であり、暮らしがテーマである。 作家ルーシー・モード・モンゴメリーは、カナダの小さな村の人々の暮らしを温かな目でみつめながら、面白おかしく、毎日、村でおこるドラマを愛をこめて語る。

「赤毛のアン」を連作シリーズにした「アン・ブックス」には、赤毛のアンがほとんど出てこない、アンが住まう村の暮らしをシリーズにした連作がたくさんあり、どの話も心があったかくなるものばかりで、少女時代、大学に上がるまで、まさにどっぷりと浸かった。英語は、この連作で学んだといっても過言でないほどであった。

南九州を旅すると、アンの村を思い出す。カナダと日本とでは何もかも異なるはずなのに、とても似ている。そこには幼いアンがロマンチックで大げさな名前をつけた街道や谷や湖や川がある。「輝く湖水」「花嫁のベール」「お化けの森」「恋人たちの小径」など、美しく、おかしく、ロマンチックで、味わいのある豊かな暮らしがある。

初夏。本を片手に旅に出かけてみませんか?

初夏。本を片手に旅に出かけてみませんか?アウトドアに本、歌、絵など、組み合わせは、たくさん。あなた次第。豊かな自然と、暮らす人の数ほど物語があり、あなたを魅惑することでしょう。

「福永栄子」署名
  • 愛で人と人、地域と地域を結ぶ(株)アイロード代表
  • 地域交流誌「みちくさ」編集長